続・結構知られていない日本と朝鮮の歴史(285)

秀吉と朝鮮半島5・にっぽん昔話のようなホントの話

福岡県福岡市に『上人橋通り』という道があります。この道の由来のお話です。

昔々、江戸時代初期に、北九州の福岡藩という国がありました。この国の真ん中に、小さな川が流れていました。今は、暗渠(地下に設けた水路)です。この川の前に香正寺というお寺があり、このお寺に『日延:にちえん』という囲碁のとっても好きな上人様(住職様)が住んでおられました。

スポンサードリンク

当時、福岡藩の殿様は『黒田忠之』でした。黒田忠之とはNHK大河ドラマの『軍師官兵衛』の主人公、黒田官兵衛の孫にあたります。この黒田忠之も、とっても囲碁好きで、日延上人様を城に呼んでは囲碁を楽しんだそうです。いまでいう趣味仲間、囲碁フレンドといった感じでしょうか。ヾ(≧∇≦ )ブハハハ!ヾ(≧∇≦)ノブハハハ!( ≧∇≦)ノブハハハ!

ところがある日、川が増水したために上人様は川を渡れず、お城へ行くことができなくなりました。殿様・黒田忠之は日延上人と囲碁ができなかったことがよほど残念だったのでしょう。今後 川が増水しても日延上人が囲碁をしに、お城へ来れるよう、お殿様はこの川に橋をかけさせたそうです。

橋の名は『聖人橋』と言われ、日延上人を聖人として崇めたのが橋の名となりました。またこの橋は後々、『上人橋:しょうにんばし』と呼ばれ、この前の通りを『上人橋通り』と呼ばれるようになり、のちの町の発展の基礎となりました。

さて、このお話に登場する『日延上人:にちえんしょうにん』ですが、実は秀吉の朝鮮出兵の際に加藤清正によって連れられた被慮人でした。彼はこの福岡の地に落着くまで色々なところで修業し、東京白金台『覚林寺』『圓眞寺』、千葉県『龍潜寺:りゅうせんじ(現在は廃寺)』、福岡『香正寺』『妙安寺』などのお寺を建てました。また千葉・誕生寺の18世貫主にもなられ現在も彼の遺品が残ります。

朝鮮出兵の被慮人であった日延上人をたたえ、現在も道の名が残る『上人橋通り』・・・
福岡にはそんな400年前の話が、道の名で残り、今も当時を伝えているのです。

秀吉と朝鮮半島5・にっぽん昔話のようなホントの話
秀吉と朝鮮半島5・にっぽん昔話のようなホントの話

出展:蒼天求白雲

スポンサードリンク